久しぶりにお休み

長いこと、更新してませんでした。
神経症について書いてる途中なんですが、考えながら書くのでちょっと書くのに時間がかかる。
7日間連続勤務で途中に宿直はさむと、かなりしんどい。

神経症のお話は、ちょっとお休みしてお仕事のお話。

とうとう今月一杯で支配人がやめることになりました。

後任の支配人はいません。

別の施設の施設長が、兼務で週3日来ますが、これは名前だけの支配人。
しかも、何の仕事もしてくれはしません。

というわけで、内部の仕事は全部やることになりました。

ただ、権限がないので困るんです。

ひらに毛の生えたような役職なので。

まあ、いつものとおり相談かけながら、中身は作っちゃって、文句の出ない状態に内部の調整をしてからやっちゃいますよ、いいですねと持っていくだけですが。

面倒なところ全部やってしまえば、みんなが必要だといってるもの断る理由もないでしょうから、このやり方である程度は進んでゆくんですが、マネジメントに必要な人事権とお金に関する決裁権限がないのがつらいんですね。

せめてある程度の予算の枠内は、私の権限でつかえるようにしてもらわないと物事進めるのが大変。
いってもらえれば必要な権限は渡すよと総合施設長からは言われているので、ここはこれから相談ですね。

着任早々、みんなから何でもかんでも相談されてたので、ある程度こうなることは予想されてたんですが、実際そうなると結構きついですね。

支配人も、老人の施設というところは初めてで、いろいろ困ってたのでそのために私が呼ばれたんでしょうけど、残念ですね。きっとこれから楽になるのに。

今日一日は、ゆったりと好きなことして、また明日からがんばります。

神経症をつくる〜パブロフの犬の実験から〜

神経症というのが、どんな精神状態、または身体の状態であるかを表すのにとてもわかりやすい例があります。それは、あの有名なパブロフの犬の実験です。

空腹の犬にえさを与えるとき、必ずブザーの音を鳴らします。それを続けることによって、犬はブザーの音が聞こえるだけで、よだれをたらすようになるという、あの有名な実験です。

この実験では、えさを与える際に、ブザーの音を鳴らすという条件付けを行いました。
この条件付けが反復強化されることによって、ブザーの音だけで身体レベルの反応が起こってしまう、いわゆる「条件反射」が形成されるという実験です。

しかし、この実験には実は続きがあります。

まず、えさを与えるときには高音のブザーの音を鳴らし続けました。
そして、条件反射が身についた後、今度は低音のブザーを鳴らします。
この低音のブザーがなったときには、犬が死んでしまわない程度の電気ショックを与えるのです。
当然、犬はとてつもない苦痛を与えられて、恐れや怒りの感情をあらわにします。
これも、同じく続けてゆくと犬はブザーを聞いただけで、歯をむき出して警戒し、怒りや恐れの感情を表現するようになるのです。

高い音のブザーを聞けば犬は喜び、低い音のブザーを聞けば犬は怒ります。

次に、ブザーの音程を少しずつかえてゆきます。

えさを上げるときのブザーの音を少し低く、電気ショックを与えるときのブザーの音を少し高くしてゆきます。これを段階を踏んで少しずつ変えてゆくと、ついには音の高低でどちらが(ご褒美か罰か)与えられるのかがわからなくなった犬は、よだれをたらしながらも尻尾をまたの間に挟み込んでぐるぐる回りながら、おびえ続けるようになってしまうのです。

この時点で犬は、自身の感情も身体もうまくコントロールできない混乱状態にあるといえます。このような状態が、神経症と呼ばれる病気の形です。

つまり、自分の感情をどのように扱ったらよいかわからない。
混乱した感情が、幻覚や幻聴を引き起こすこともあります。
統御できないのは感情だけではなく、身体レベルでもおこります。それがゆえに、神経症になることで頭痛や吐き気、胃潰瘍などを引き起こすようになるのです。

神経症について考えてみる。

心を病む人がいます。

いわゆる鬱であるとか強迫神経症といわれるような方々。
人間の身体は、大量の化学物質を製造できるいわば工場のようなものです。体が生み出す化学物質のバランスが崩れることによって、うつなどの症状が引き起こされることは周知の事実です。そのため、対症療法的に向精神薬が投与され、それによって、身体に足りないものを補い、また多すぎるものを押さえることで鬱などの症状を抑える技術はとても発展してきました。

また、ストレスをためないようにとか、適度な運動をして、休養を十分にとって、バランスの取れた食生活をしてくださいとか、神経症にならないようにするための対処法みたいなことは巷にあふれています。

けれど、そもそも神経症状がどうして起きるのかということについて、私は多くを知りませんでした。

私の仕事は、人の人生に大きく関わってくるものでもあり、さまざまな人とケースに応じたやり取りをすることが求められることから、最近また専門の書物に多く接するようになってきました。
その中で、ケースワークに精通するためには神経症的な症例を知らずに済ますことは出来ないと感じたため、この問題について勉強することになったのです。

そこで、知ったひとつの事実があります。

人間は、考えるがゆえに病気になるのだということでした。

これについて、自分自身の理解や考察を深めるために、ここで、何回かに分けて書いてみたいと思います。

ケースワーク

宿直明けです。

ようやく、宿直にもなれて、それなりに眠れるようになってきたなと思ったら、早朝5時から電話の嵐。
休日でしたが、結局だらだら過ごしてしまいました。

立ち上げ当初から、運営がうまくゆかなくてとても苦労していた有料老人ホームに配属されて一月。
これから入居ラッシュとなります。ありがたいことに、契約に結びつくお話がずいぶんと増えてきました。まだまだ、少ないですが、3月までには何とか今年度中の目標は達成できるのではないでしょうか。

いろんな方の申し込みがある中、お一人とても気になる方がいらっしゃいます。

その方は、入居の希望はあるものの、不安な点を上げてなかなか決心がつかないんだけどとお話をされます。営業さんが必死になって、その人の不安点を解消しようとお話をするのですが、結局は納得が出来ない。それならば、そこでこの話はなかったものとなるはずですが、それでも何度も電話をしてこられる。そこで営業さんとともに、その方のうちに面談にいってきました。

1時間半、いろんなお話を聞きました。
結論として、この方は本当の意味で入居を望んではいないということがわかりました。
今年に入り、だんなさんをなくされ、だんなさんとともに入る予定だった老人ホームを退去。その際、不動産に買い取ってもらった自宅を買い戻したりして経済的にも大きな損失を抱えることになりました。うつ状態となり、警察に自殺願望を話して保護され、精神病院に強制入院。それがもとで、親類とも絶縁状態となっていました。

旦那さんが元気なころは、ダンスに通い、歌を歌い、人生の晩年を、第2の青春として謳歌していたのでした。

大きな喪失感にとらわれ、自分のみをかまう余裕もなくなった彼女は、新たな人生を踏み出すことが出来ないと思い込んでいます。自分の人生を変えるには、新しい環境で安心の生活を送らねばならないと思おうとしています。

けれど、彼女が夢に見る家は、新しい老人ホームなどではなく、大好きだった旦那さんと過ごした、旦那さんがいたあのころの自分の家だと思います。

本当に変わらなければならないのは、自分自身の気持ちのあり方でしょう。大きな喪失感に気づき、そしてきちんと向き合い、前に向かって一歩を踏み出せるようになること。でも、それに気づくのはとてもしんどいことです。当然のことながら、彼女の失ったもののほとんどは取り戻すのが難しいものばかりだから。かえってこないものをあきらめて、前に向き合えるようになるためには、彼女がそれに気づくことが肝心です。

これは、営業さんがする営業トークで解決できるお話ではなく、ケースワークをきちんと理解したものによる適切なカウンセリングの必要な事例でした。

私自身は、現在施設長よりスーパーバイズを受けながら、ケースワークやカウンセリングについて、勉強を行っています。私自身が対処するのは難しい部分はあるのですが、営業さんから引き継いで彼女からの電話応対をすることとなりました。

当施設には縁のなかったものとして、見切ることは簡単なのですが、どこでそれを見切るのかは、とても難しいことです。出来ることなら、何らかの社会資源に彼女のことを託せて行けるよう、つないでゆきたいと思っています。

今までは、縁のなかったケースワークに近い仕事も担うようになりました。
今、とても仕事にやりがいを持って取り組めるようになっています。

そして、大学で教鞭をとるほどの若くて優秀な施設長のもとで、その教えを受けながら、仕事に取り組めることになりました。今、仕事がとても面白いです。

シャコンヌ

シャコンヌ~福田進一プレイズ・バッハシャコンヌ~福田進一プレイズ・バッハ
(2005/12/21)
福田進一

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職場に少しずつなじんできました。

初めての仕事ながら、何とか回り始めてるようです。

そして、ようやっと仕事以外のことも考える余裕が出てきました。
まだまだ、本を読む余裕はないのですが、音楽を少し聴くようになりました。

最近、凝っているのはバッハです。
実は、ギターでは、いまダウランドのメランコリーガリアルドという曲を練習しています。これはルネッサンス期の曲で、バロック時代のバッハよりもうひとつ古い時代の曲なんですけど、こういった古い曲がなんか気持ちいいんですよね。きっと、聞くよりも演奏するほうが面白い曲のような気がするんですよ。よく、プロのプレイヤーの方が、バッハやってると、エンドレスでさらってしまうことがあるというのも、その奥の深さにはまってしまうからではないでしょうか。

そして、バッハといえばギターの世界ではリュート組曲とともに、無伴奏バイオリンパルティータ第2番に納められているシャコンヌは、はずせないですよね。

そのバッハに真っ向から取り組んだ、福田進一さんのアルバム。

冒頭のシャコンヌの演奏は圧巻です。

とてもBGMとして聞き流せるようなものではありません。
ギターに出来るすべてのことが詰まっているのではないかと思うほどの、多彩な音色。
ニ短調で始まる冒頭の主題が、荘重なバスグラウンドのもとに無限の変奏を見せます。
長大な変奏の後に訪れるニ長調の間奏部は、天からの慈愛に満ちた雨のごとく、温かな音色で心にしみこんできます。そして、再びニ短調に戻り、峻厳な主題を再度提示して終局を迎えます。

バッハを演奏することは、とても難しいようです。

世界的な潮流として、ピリオドアプローチに代表されるように、古楽の研究が進みました。
いくら達者な演奏をしても、奏者の自己流の解釈では、バッハなどの演奏ではなかなか評価されないようです。

ただの楽しみでギターを弾いている身としては、無関係なように思えますが、いつかはバッハに挑戦してみたいと思っている私としては、そういった解釈面も含めてしっかりと勉強できたら幸せだろうなとも思うのです。

趣味だからこそ、深く深く知りたいと思います。

この気持ちがなかったら、きっと仕事のストレスでつぶれてるかも。

気分転換、気分転換。
プロフィール

Author:motosax
介護のお仕事です 介護福祉士 社会福祉士
趣味 音楽 読書 ジョギング カメのお世話などなど
   

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